diary
幸せは自給自足
Posted by Miki Ishijima on .「幸せになれるかな?」や「幸せにしてもらえそう」と考えてしまうのは危険だと思ってます。「自分の幸せ」を人に任せることほど不幸なことはないのかもしれません。
結婚をしたとしても、性別関係なく「自分が相手を幸せにしてやるんだ!」くらいの気持ちでいきたいというのが私の考えです。
「してあげる」の天秤
「相手が何かしてくれないと幸せになれない。」場合、相手が負担と感じた時にはどうすればいいのでしょう。
もしくは、自分は充分すぎるほど与えているのに、相手がそれに見合う幸せを返してくれない場合は?
与える幸せの量というのは人それぞれ違うので、お釣りがでたり、足らなかったりします。滑稽な事だと知っているのに、それをああだ、こうだと言いたくなり、我慢してもんもんとします。
それなら貰わない方がラク。
「期待」からの開放
返してもらったものの大きさを評価するのは、自分の器の小ささを再認識してしまうので、気付くたびに情けなくなります。なので、私は相手に期待をしないクセがつきました。
与えるときは、返ってこなくて当たり前だと思う方がラク。自分が与えたいから与える。
そうすると、何か返ってきたら嬉しいと思えるようになりました。前は返ってきてもその大きさなどを気にしていたのに、これは嬉しい変化でした。
相手が横にいるだけで幸せなのです。何かしてあげることも楽しめるようになってきました。
幸せを自分の内側から作れるように
別に幸せのもとは人でなくてもかまわなくなりました。
- 「おいしいゴハンが作れた。幸せ。」
- 「書いていたコードが動いた。幸せ。」
- 「面白いソフトウェアを使ってみた。幸せ。」
幸せを自分で決められると、生きるのが非常に簡単になりました。
わたしは、「他人から良い評価を得たい」とつねづね思っています。でも、それが叶わないからと言って、「自分に価値がない」とは思わなくなりました。
「幸せ」を感じられると自然と自分に自身がつくのかもしれません。